東京高等裁判所 昭和36年(ネ)2401号 判決
被控訴人が控訴人の妻であつて現在別居しており、離婚訴訟が係属していること、被控訴人が控訴人を相手方として昭和三三年九月東京地方裁判所に「本件土地、建物は被控訴人の所有であるのに、控訴人は勝手に、本件土地について被控訴人から控訴人えの所有権移転登記を、本件建物について控訴人名義の所有権保存登記をした。」ということを理由として、本件土地、建物の処分禁止の仮処分の申請をし(東京地方裁判所昭和三三年(ヨ)第五、三五九号仮処分申請事件)同月三〇日「債務者(控訴人)はその所有名義である本件土地、建物について譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分をしてはならない。」旨の仮処分決定をえてこれを執行したこと及び控訴人がこれに対して昭和三三月一〇月二〇日異議の申立をし、東京地方裁判所が昭和三四年八月一九日「本件土地、建物は控訴人の所有であり被控訴人の仮処分申請は被保全権利の疎明がない。」という理由で前の仮処分決定を取り消して被控訴人の仮処分の申請を却下する旨の判決をし、この判決がその頃確定したことは当事者間に争がない。
よつて、被控訴人の右仮処分の申請及びその決定の執行は不法行為を構成するかどうかについて判断する。
証拠を総合すると次の事実が認められる。すなわち、本件仮処分申請当時控訴人の一家は相当の産をなし、控訴人は数名の雇人を使用して牛乳販売業を営み、明治牛乳販売店全国会長、同東京会長、荏原第一中学校P・T・A会長等をしていた(控訴人が雇人を使用して牛乳販売業を営んでいたこと及び荏原第一中学校P・T・A会長をしていたことは当事者間に争がない)が、被控訴人が控訴人と事実上の結婚をした昭和三、四年当時の控訴人は殆んど裸一貫であつて、その後牛乳の販売業によつて若干の蓄財をしたものの大東亜戦争は再び控訴人を無一文に近いものとした。ところで、控訴人には先妻と後妻の被控訴人との間に各三名の子があり大世帯であつた(但し、先妻の子のテイは終戦の頃は既に嫁入をしていた)ため控訴人の生活は楽ではなくなつたのであるが、被控訴人はこの間にあつて裁縫の内職をしたり、露店商をしたりして家計を助け、その後のわが国経済の安定とともに控訴人の本来の営業である牛乳販売業が再び活況を呈し、控訴人が前記のような産をなす一因をつくつた。本件土地、建物は昭和二七年から昭和三〇年までの間に控訴人が先妻の子のこれに対する相続権の主張を封ずるため、換言すれば、控訴人の死後はこれを被控訴人とその子らの所有に帰属せしめることを期して被控訴人の名義で買い入れ若しくは建築したものであつて、そのことは被控訴人にも充分通じてあつたのであるが、被控訴人としては、控訴人がこのような配慮をするのは被控訴人の前記のような内助の功に報いようとする厚意によるものであり、従つて、控訴人がその名義を変更するについてはたとえどのような事情があつても必ず被控訴人の諒解をえるものとの堅い信念をもつていた。その後星移り年かわるとともに、控訴人には他に妾があるという噂が立ち、それかあらぬか、昭和三三年八月一七日には被控訴人にも雇人の星勇治とその関係を疑われるような所業があり、被控訴人はその所業を責められると同月二六日家出をしたが、すると、控訴人は同年九月被控訴人にはその主張のような不貞行為があり、本件土地、建物を被控訴人名義として置いたのではこれが自己の支配外に置かれる虞があるとして、被控訴人の諒解を受けることなく勝手に被控訴人の印鑑証明書の下付を受ける等便宜の方法で本件土地、建物の登記名義を自己名義とした。しかして、被控訴人はその頃所轄法務局から右名義変更の通知を受けたので大いに驚き本件仮処分の申請及びその決定の執行をした、ことが認められ、前記各本人尋問の結果中これに反する部分はにわかに信用し難く、他に右認定を動かすべき証拠はない。
そうすると、被控訴人の本件仮処分の申請及びその決定の執行が不法行為となるかどうかは、結局控訴人がその先妻の子の相続権の主張を封じ、控訴人の死後は被控訴人とその子らの所有に帰属せしめることを期し被控訴人と通じてその名義として置き、一方、被控訴人は控訴人のこの配慮をもつて前認定のような被控訴人のなみなみならぬ内助の功に報いる趣旨を含むものであり、従つて、どのようなことがあつても自己に無断で名義を変更されることはないものと確信していた土地、建物の名義が、被控訴人に不貞行為があるものとして無断で変更されたことについての対抗策として行つたこれが処分禁止の仮処分の申請及びその決定の執行が不法行為となるかどうかということに帰着すべきであるが、このような場合には誰を被控訴人の立場に置いても同様若しくはこれに類する対抗策をとつたであろうと考えられるのであつて、被控訴人に対してだけ拱手傍観すべきことを期待することは無理であるから、被控訴人が本件仮処分の申請及びその決定の執行をしたのは、いわゆる違法性を欠き、これをもつて不法行為とするのは当をえないものといわなければならない。
(牛山 田中 今村)